財産分与で退職金を請求するための全知識9項目

離婚を考えたときにお金の問題で一番大事なのが財産分与です。そして、専業主婦とサラリーマンの夫婦が離婚するときは退職金の財産分与が問題になります。

 

結論から言えば、退職金も財産分与の対象として請求できます。既に支給された退職金だけでなく、将来支給される退職金も財産分与を請求できます。

 

この記事では財産分与で退職金を請求する方法を解説します。

(執筆者)弁護士 坂尾陽(Akira Sakao -attorney at law-)

2009年      京都大学法学部卒業
2011年      京都大学法科大学院修了
2011年      司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~     アイシア法律事務所開業

 

1.     財産分与で退職金が問題になりやすいケース

1.-(1)  サラリーマンの熟年離婚で問題になる退職金と年金分割

 

財産分与で退職金が問題になるのは夫がサラリーマンで熟年離婚のケースが多いです。

 

夫がサラリーマンで、妻が専業主婦の夫婦が熟年離婚するときは、会社を退職した後に支給される退職金や年金の扱いが問題になります。

 

1.-(2)  専業主婦も財産分与の退職金を貰える理由

 

財産分与は、夫婦がともに築き上げた財産をそれぞれが家族や暮らしにも貢献した成果によって分配するというものです。

財産分与を請求するときは、夫婦の共有財産は名義には関係なく半分ずつに折半することが基本です。

 

退職金が財産分与の対象になるか問題になるのは、退職金はサラリーマンである夫が働いた成果であるため共有財産にならないとも思えるからです。

しかし、専業主婦である妻も退職金を財産分与の対象として請求できます。

 

これは、夫が退職金を貰えるのは妻が長年専業主婦としてサポートしたと考えられるからです。

退職金は、夫に贈与されるものではなく、給与の後払いの性質を持っています。夫が貰う給与が財産分与の対象になるのと同様に、退職金も財産分与の対象になるのです。

妻が子どもを養育し、家事を行ったからこそ、夫は仕事に専念して給与や退職金を貰えたと言うのが法律実務の考え方です。

 

1.-(3)  財産分与の対象となる退職金部分

 

財産分与の退職金となるのは夫婦の共有財産です。

共有財産であれば、現金や不動産、車、家財道具や夫婦で加入した保険や夫婦で購入した株券、さらには将来の退職金や年金も財産分与の対象になります。

 

しかし、財産分与の対象になるのは婚姻期間中に築かれたものだけです。例えば、結婚期間前から夫婦それぞれが所有していたものは共有財産ではありません。

 

退職金についても同様に財産分与の対象となるのは婚姻期間に対応する部分だけです。従って、婚姻期間が長いほど、財産分与の割合や金額が高くなる傾向にあります。

 

2.     既に支給された退職金の財産分与

財産分与の対象になる退職金の扱いは、退職金が既に支給されたか又は将来支給されるかによって異なります。

 

既に支給された退職金は財産分与の対象になること自体は異論がありません。

実務的には、退職金が支払われた預貯金口座に預貯金として退職金が残っていると考えられますが、預貯金の財産分与と同様に考えることができます。

 

理論的には婚姻期間中に対応する退職金部分だけが財産分与の対象となります。

例えば、退職金が1500万円であり、勤続年数が30年、婚姻期間が20年だった場合の計算式は1500万円×婚姻期間20年÷勤続年数30年で、財産分与の対象となるのは約1000万円となります。

 

しかし、退職金が支払われてから時間が経過するうちに預貯金口座のどの部分が退職金か不明確になり、結局は預貯金残高全体が財産分与の対象となることも実務上は少なくありません。

 

他方で、支給された退職金が離婚時に残っていないこともあります。離婚時に退職金がない場合は財産分与の対象とはなりません。

もっとも、夫の浪費によって退職金がなくなったようなときは、財産分与の割合等で考慮されることはあり得ます。

 

3.     将来の退職金についての財産分与請求

 

3.-(1)  将来の退職金は財産分与の対象になるか

将来の退職金はそもそも財産分与の対象になるかが問題になります。将来受給する退職金は、あくまで受給予定にすぎず、最終的には退職時にならないと受給できるか分からないためです。

 

他方で、退職金を受給できるか分からないことを理由に、財産分与の対象としないのも不公平です。

そこで、実務上は退職金を受給できる可能性が高い場合に限り、将来の退職金も財産分与の対象とされます。

 

退職金を受給できる可能性が高いか否かは以下の点を考慮して判断されます。

  • 退職金を支払う旨の規定があること
  • 勤務先の経営状況が良好であること
  • 長期間にわたって勤務を継続していたこと
  • 退職金支給時点までの勤務期間が短いこと

 

例えば、審判例においては定年までの期間が約11年程度ある事案でも、定年までの期間がそれほど長期とは言えないとして将来の退職金を受給できる可能性が高く財産分与の対象とした例があるようです。

 

3.-(2)  将来の退職金について財産分与の計算方法

 

将来の退職金が財産分与の対象となるとしても、具体的な計算方法は考え方が様々です。

 

まず離婚時に退職したと仮定した場合の退職金額のうち結婚期間に対応する部分を財産分与の対象とする考え方です。東京家裁平成22年6月23日審判は同様の考え方を採用しています。

例えば、現在勤続20年・婚姻期間10年であり、定年時には勤続30年・婚姻期間20年とします。定年時には1500万円退職金が貰えるとしても、離婚時(現在)に退職したら退職金が800万円しか貰えないとします。

この考え方によれば、800万円×婚姻期間10年÷勤続年数20年で400万円が財産分与の対象となります。

 

次に、将来に支払われる予定の退職金を現在の価格に割り引いて財産分与の対象とする考え方です。東京地裁平成11年9月3日判決は同様の考え方を採用しています。

これは将来の定年時に受給するだろう金額から中間利息を控除した金額を計算する方法です。中間利息とは、将来に受け取る予定の退職金を現時点で前払いしてもらい、それを元手に投資などを利用したことで本来の退職金受け取り日までに得られる利益のことです。

つまり、本来もらうはずだった退職金よりも多い金額を手に入れることが想定できるので、将来の退職金受け取り日より早くもらうだけの利息が差し引かれた金額が退職金として算出されます。

例えば、現在勤続25年・婚姻期間15年であり、5年後に定年時には1500万円退職金が盛られるとします。この考え方によれば、1500万円×婚姻期間15年÷勤続年数25年×約0.78(※ライプニッツ係数=中間利息の控除割合)=約702万円が財産分与の対象になります。

 

以上のように将来支給される退職金を財産分与の対象になるとしても、どのような計算方法にするかで金額が異なります。

また、退職金を受給した時に財産分与として支払いをする等の処理もあります。退職金の財産分与について夫婦で話し合っても決着がつかないときは、離婚・財産分与に強い弁護士にご相談ください。

 

4.     退職金を財産分与の対象として請求する場合のポイント

4.-(1)  退職金の算定根拠についての調査

 

将来の退職金を計算するためには、退職金の支給基準を知る必要があります。

 

退職金は夫であれば退職金規程を確認したり、人事部に問い合わせをして知ることができます。

しかし、妻が夫の退職金受給予定額を知るためには調査が必要です。離婚時は夫婦間で対立しているため、夫が退職金の予定額を教えてくれない場合があります。

 

このような問題は、退職金に限らず財産分与で一般的になります。財産分与の対象になる財産の調査は弁護士会照会や調査嘱託等で行うことができます。

弁護士の腕の見せ所とも言えますので、夫が退職金の予定額を教えてくれないときは離婚・財産分与に強い弁護士にご相談ください。

 

4.-(2)  財産隠しに対抗するために退職金の仮差押え

 

近い将来に退職金が支払われるようなケースでは、退職金が夫に支払われてしまうと財産を隠したり、浪費されるおそれもあります。このような場合には退職金の仮差押えの手段があります。

 

仮差押えとは、裁判などの判決が確定する前に夫が持っている財産の移動を制限することです。

例えば、働きに出ている夫は専業主婦の妻に対して財産分与をしなければいけません。しかし、夫が財産開示に協力しない又は浪費癖がある場合は本当に支払いをしてくれるか不安が残ります。

もし夫が財産を隠したり浪費すれば妻への財産分与ができなくなってしまいます。それを避けるための手続きが仮差押えです。

 

退職金が支払われることが事前にわかっていれば、退職金の仮差押えも可能です。仮差押えのポイントは財産分与の金額が調停や審判で確定する前に行える点です。

離婚の調停や裁判は長期化してしまうことも考えられます。すると、その間に支給された退職金を隠したり、消費してしまったりすることがあります。

これを防ぐのが仮差押えの目的であるため、仮差押えは調停や審判で結論が出る前に財産を保全できるのです。

 

4.-(3)  退職金の財産分与を請求する方法

 

最終的に退職金の財産分与を請求する方法は通常の財産分与と変わりません。

 

最初は夫婦間の話し合いで財産分与の金額を決めます。

しかし、将来支給される退職金の財産分与は夫婦間では協議が難しいかもしれません。夫としては貰えるか分からない退職金は財産分与の対象でないと言うでしょうし、妻としては離婚後の生活のためにも退職金を少しでも多く貰いたいからです。

 

もし、夫婦間の離婚協議では解決できなければ、調停・審判によって財産分与の対象となる退職金を決めることになります。最終的には、裁判所の判断により、退職金が財産分与の対象になるか、どの程度の金額が財産分与として請求できるかが決定されます。

 

5.     退職金も財産分与の対象となる:離婚時に損をしないように注意

退職金も財産分与の対象になります。既に支払われた退職金はもちろんですが、将来の退職金も受給可能性が高ければ財産分与の対象です。

 

しかし、夫婦間の話し合いでは退職金の受給可能性が高いかや、財産分与の金額をいくらにするかが決まらないことも多いでしょう。

退職金は高額であるため、財産分与の対象として退職金をどの程度請求できるかは非常に重要です。

 

離婚時に退職金の財産分与で損をしないためには離婚・財産分与に強い弁護士に相談することをおすすめします。

経済的に不安のない未来を過ごせるよう、財産分与について正確な法律知識を得ることが重要です。